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いかに作物の収穫量を増やすかという至上命題のもとで、近代農業は発達した。効率的に作物に栄養を与えられる化学肥料が開発され、害虫の被害から作物を守る農薬が作られた。また、畑を雑草から守るために除草剤も発明された。これらは、単位面積当たりの農作物の収穫量を増やすための道理にかなっており、必然的に、単位面積当たりの農作物の収穫量は飛躍的に伸びた。人類の人口がいかに増えたとしても、食糧危機に見舞われることはないだろうと思われた。
あれから数十年が経った今、世界の食糧事情はどうなっただろうか。世界的な規模で食糧は増産されたが、戦争などの理由で食糧が十分に行き渡らない国や地域もあり、また、一国内でも、一部の人にしか食糧がまわらず、深刻な食糧不足に苦しんでいる人々もいる。すべての人たちに食糧が公平にいきわたるような世界的なうまい仕組みの開発が切実に求められている。しかし、近代農業の発達は、全体としで見れば、地球の食糧生産の力を飛躍的に向上させたのは紛れもない事実であり、その恩恵に預かている人の数は計り知れない。人類は今、史上稀に見る飽食の時代を生きている。
しかし、世の中がある方向へ大きく進んで、その果実を多くの人達が享受して一定の時間が経ったとき、その進んだ方向とは逆の方向へのムーブメントが表面化してくるのは世の常だ。大地が本来持っている力を超えて作物を生産しようとした結果、様々な問題点が指摘されるようになったのも事実だ。残留農薬や環境汚染の問題、畑がやせたことによる野菜なの栄養価の低下の問題などが指摘されるようになった。
そして、農薬を使わず、有機肥料だけを使って、除草剤は使わず、農作物を栽培する有機農業(有機栽培)という概念が大きなムーブメントとなった。ある意味、近代農業以前の時代に逆もどりしたとも言えるが、近代農業と対峙ながら発達してきた有機農業は、農薬や化学肥料を使わない単なる前近代的な農業とは違うものだ。厳格な意味での有機農業以外に、減農薬や減化学肥料などの考え方もあり、近代農業と有機農業の折衷案的な栽培方法も広く採用されている。 人類が歴史を重ねるにしたがって、様々なテクノロジーが生み出され、それらを比較検討することで、さらに新たな価値観が生まれていくという循環は、好ましいものであり、有機農業も、そうした人類の歴史の営みの一幕なのであろう。
有機野菜をふんだんに使った料理を出す自然食レストランなどに行くと、その味はほっと癒されるような優しいものであり、体にすーっと入ってくるような安心感がある。そもそも自然は人間に様々なリスクを強いてきた歴史があるが、科学の発達にょってそうしたリスクをかなりの程度まで取り除いた後の時代の有機農業の産物は、「リスクのない自然の恵み」という一歩進んだ形のメリットを、私たちに与えてくれのだ。